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ラザロよ、出てきなさい!

 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれでも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」・・こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。(ヨハネによる福音書 第11章25・26、43・44節 新共同訳)

 この聖書の箇所は「ラザロの復活(よみがえり)」と称されているところの、主イエス様が為された数多くの奇蹟のなかの一つです。

 さて、私は高校時代、典型的な不登校現象に陥っていました。生きる目的がわからず、日々を、まさに死人のごとくに漫然(漠然)とした思いで過ごしていました。学校にも行かずに、家に引きこもり、カーテンを切り刻み、家中(いえじゅう)の物を壊し続けるような、そんなすさみきった状態が続いていました。

 そんな私の様子を見て、もうすでに死んでしまった私の両親は、「この子はもう自分の子どもとは思わない。死んだ者だと思っている。」とまで決心をし、涙を流しながら、そう私に告げたこともありました。当時の私は、愛情あふれた両親を嘆かせるだけの存在だったのです。まさに、11章39節に書かれてあるように「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」といった絶望的な状態であったのです。そうした私に向かって、35節に書かれてあるように、主イエス様は「涙を流された」のです。

 こうしたすさみきった私が暗きトンネルを抜け出ることができたのは何だったのでしょうか? 私自身が、何か厳しい修行をしたり、善きことを積み重ねたからでしょうか? そうではなく、大学時代に聖書の真理に触れ、主イエス・キリストを私の個人的な救い主と信じただけなのです。あのカルバリ山の十字架上で、荊(いばら)の冠をかぶせられ、釘打たれ、血を流されながらも、「父よ彼らをお許しください。彼らは何をしているのか分からないのです」と、愛と赦しのメッセージをされた、主イエス様の、一方的・絶対的な愛ある、お言葉を自分自身に向けられたお言葉として受け取っただけなのです。その結果、闇の中をさまようかのごとき、暗き人生の縁から、このラザロのように私自身をもよみがえらせて下さったのです。ですから、このラザロの復活の奇蹟の出来事は、単なる奇蹟の出来事ではなく、実にリアリティをもって私に迫ってくるのです。まさに「キリストの愛、我に迫れり」(コリント人への手紙第U 5:14)です。

 私たちは、時として自分で自分を裁いているようなことがあります。すなわち「自分なんて、どうせダメだ!」などと、自分勝手に判断をしていることが多いのです。しかし、こうした自己否定的な生き方をしている人たちのために、主イエス様は「涙を流された」(35節)のです。涙を流して悲しまれたのです。そして43節に書かれてあるように、「ラザロよ、出てきなさい」と大声で叫ばれたのです。私はただ、その声に応答して出て行っただけなのです。

 私は、ある中学校でスクール・ソーシャルワーカーとしての働きを行っています。困難さを抱えて苦しんでいる子どもたちや、その保護者たちへの「寄り添い人(びと)」としての働きです。

 不登校状態の子どもの家庭を訪問して、玄関のドアを叩きます。しかしドアを開けてもらえることは、ほとんどありません。それでもドアを叩き続けるのです。保護者と約束した時間に訪問しても、同じくドアを開けてはもらえず、保護者から「帰ってください!」と冷たく言われることもあります。しかし、ほぼ毎週のように、この母子にハガキを出し続け、そして訪問をし続けているのです。

 新約聖書のヘブライ人の手紙の第11章1節には、次のような御言葉が記(しる)されています。

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」

 私は私に起こった奇跡的な出来事は、すべての人びとにも皆、等しく起こるのだ、との確信があるのです。困難さを抱えつつも、自己否定的にならずに歩むことができる、という「事実を確認する」からです。祝福を祈ります。


愛なる神さま。私たちは主イエス様の十字架の愛を知る前は、ラザロのごとき存在であったかもしれません。しかし、主イエスまさからの「ラザロよ、出てきなさい」の招きのお言葉を信じるとき、自己肯定的なまなざしを持ちつつ、歩むことができますことを感謝いたします。この学び舎に集う、すべての人びとが祝福と喜びに満ちた、良き歩みを重ねることができますように、お支えくださいますように。この祈りを、私たちの唯一の救い主である、尊き主イエス・キリストのお名前によって希望をもってお祈りいたします。ア〜メン!